「1990年の少年」駄文の実験場

妄想の日々を文書化しブログに流し込む事にしました。例えるなら脳内のトイレです。

パン人間の就職活動

●前回までのあらすじ

バイキンの無い世界を構築するために生まれてきた「パンの子」らであったが、世界からは既にバイキンの存在は消えつつあった。つい先日、成人式を迎えたばかりの「あんぱん」「しょくぱん」「カレーパン」の3人。理想とするバイキンの無い世界はもう目前にせまっているが、その心の内は三者三様であった。

●登場人物

「赤井パン助

 武蔵大学人文学部3年生、就職活動中。「あんパンの子」

黄山パン郎」

 同級生。今はコンビニバイト。「カレーパンの子」

「白田パン次郎」

 同級生。自営業の父を手伝っている。「食パンの子」

 


■20xx年3月xx日(金)、某社の役員最終面接の会場にて

今年も3月から就職活動が解禁された。既に有力なリクルーターを通して内定の一歩手前までこぎつけていた「赤井」であったが、役員最終面接では想定外の結果が待ち受けていた。

 

赤井:武蔵大学人文学部の「赤井パン助」と申します。よろしくお願いいたします。

役員:ああ、宜しく。君かね。活きのいい「パンの子」がいると採用担当から聞いている。君は何のためにうちを志望しているんだ? うちはキャラクタービジネスをしているという事は知っているだろう。でもね、君みたいな「ゆるキャラ」はもう古いんだ。必要ないんだよ。

赤井:はい、ボクは子供の時から正義感が強いと言われてまいりました。だからその正義感を生かして御社のために働きたいと考えています。

役員:ああ、そうだな。まぁこのしょせんは程度だったか。やはりパンの子だな君は。いいかね、うちは最近「ゆでたまご」のキャラが大ヒットし、我が社の事業もそれ中心に回っているんだ。いまさらパンの子が活躍できる領域はないんだよ。悪いが帰ってくれるかな?

赤井:そうですか。確かに今は少子化といわれており、子供を対象としたビジネスは年々売り上げが減っていると聞いています。ですが子供たちが急に居なくなってしまったわけではないですよね。私のキャラはまだ30年は戦えると周りからも言われており、それなら業界トップの御社にと思って志望していたのですが・・・。

役員:ああ、もういいよ。何度も言わせるな。古いんだよ君は。おーい、採用担当。終わりだ終わり!

赤井:・・・・・・ 


■パンの子を巡る現代社会の動きについて

1996年に発生した「O-175による集団食中毒事件」以降、この国では過剰ともいわれる「抗菌ブーム」が巻き起こり、私たちの世界は既にバイキンが存在することができない世界となってしまった。

本来であれば「パンの子」たちはバイキンと戦うという使命を持って生まれてきたのであるが、この現代社会、いかに抗菌状態を維持していくかと言わんばかりに「手ピカジェル」に「プラズマクラスター」「ナノイオン発生機」ときて、最近ではコンビニでチョコボールを買っただけでも「おしぼり」をもらえるという時代である。

時はまさに「大抗菌時代」。バイキンがこの世の中から居なくなってしまったのだから、これは例えパンの子といえどもバイキンと戦う必要性すらなくなってしまい、もう普通に就職して働いていくしか生きて行く道はなくなってしまったというわけである。

それでも年々減り続けているとは言われつつもバイキンも完全に消えてしまったわけではない。

かつて「団塊の世代」と呼ばれていた時代に生まれたパンの子らももう定年退職し第一線を退いて行っている。ではその空いた椅子にはいったい誰が座っているというのだろう。今の現代社会、いったい誰がバイキンと戦っているというのだろうか?

「赤井」は大学二年生だった頃に、そんな事を疑問に持ち、自ら積極的に調べて行きこれを卒業論文の題材にすることに決めた。

卒論の趣旨はこうである。

かつてパンの子らは「文部科学省推薦」の威光を盾に、小中高とその立場を利用してやりたい放題であった。時には学校の先生よりも立場が上であるとの錯覚すら覚えていたのである。

女もよくつまみ食いしていた。いや、逆に食べられていた側なのかもしれない。

しかしながら大学に入り就職を意識し始めた頃に状況は180度ガラっと変わってしまう。

かつて小泉政権下で進められていた特定派遣法の改正により、バイキンと戦う事を目的としたアウトソーシング会社が多く設立され、かつてのパンの子らが専門業として駆除していたバイキンを今度は派遣社員が変わって駆除を行って行く、という変化が業界の中で巻き起こっていた。

いままではバイキンとの戦いは専門性の高い職業としてパンの子らに限っていた言わば専売特許のような状況であったのにも関わらず、法改正により誰でもバイキンと戦ってもよいという時代が訪れてしまっていたのだ。

そんな状況下、パンの子らは大学卒業後の約束されたキャリアを失ってしまい、自らの手で就職活動をしなければならなくなってしまっていたという訳なのである。

文科省の威光は社会に出たら何も役に立たない!」

と赤井は内心息巻いていたが、自分のキャラ的にそれは表に出してしまっては負けであると自覚していた。

ほどなくして最終面接まで行ったあの「ゆでたまご」のキャラクタービジネスを展開する企業からは不採用通知である「お祈りメール」が届いた。

「明日の土曜日カフェに集まろう」

赤井は同じパンの子である「黄山」と「白田」にLINEを送った。


■土曜日のカフェ

赤井:政府と経済界はクソですね。パンの子を生き殺しにしている。パンの子には人権すらないのかな。

黄山:まぁそういうなよ。学生の頃は俺たちやりたい放題だったじゃないか。そのツケが回ってきただけさ。

白田:確かにね、私は特に学生の頃はモテました。パンの耳が乾く暇もありませんでしたから。

赤井:皆はこれからどうするの?

黄山:俺はもう社会に縛られたくないなぁ。そもそもが天涯孤独の身だしな。自由に生きていたいんだよ。例えば一年のうちに半年しか営業していないカレー屋を経営して、残りの半年は放浪の旅にでも出ていたいなあ。

白田:私も普通の就職はするつもりはありませんよ。お父さんの車を引き継いで新しい事業を始めます。高級食パンの移動販売をしようと思っています。

赤井:みんな人生の明確なビジョンを持っているんだな。ボクも就職は余裕だと思っていたが想像以上にこの国の社会はパンの子に対する寛容性がない。ボクがパンの子だというだけてエントリーシートも通らないのが現状だよ。

「久しぶりに一緒に飛ぼうか」

カフェを出た後、赤井は二人に話しかけた。

荒川の河川に沿って、3人で並んで空へ向かって飛び上がり、カフェのあった北千住から、赤羽の方向に向かって3人は一緒に空を飛んでいた。

「昔、3人で一緒にトリプルパンチしたよな。あの頃が一番楽しかったな。」と赤井がつぶやくと、3人の背中の向こう側には東京の街がうっすらと夕日の色に染まっていた。

赤井は空を飛びながら高校を出て大学に通うために赤羽に引越ししてきた3年前を思い出していた。

3年前もこんな風に3人で空を飛んだっけ。あの時はもう僕たちは大人なんだから一緒に飛ぶのもこれが最後かなと思ったりしたけれども、3年後にこうして3人で一緒に飛べたことを誇りに思う。友達っていいな。

そういえば赤羽って「赤い羽根」だよな。まるで赤いマントを羽織って空を飛んでいるボクみたいじゃないか。ボクはこの街が好きだな。就職してもこの街にそのまま住んでいたい。果たしてそんなことができるのだろうか・・・。

「そうだ、明日は伯父さんに会いに行こう」

赤井はかつて少年時代にお世話になったパン職人の伯父さんに会いに行くことを思いついた。

 


■日曜日のパン職人

赤井:こんにちは、ご無沙汰しています。伯父さん。

伯父:ああ久しぶりじゃな。中へお入り、就職の事で悩んでいるんだね。

赤井:へへ、伯父さんは何でもすぐに分かっちゃうんだなぁ。

伯父:君のことは誰よりも理解しているつもりだよ。で、これからどうするんだい。

赤井:第一希望にも落ちて、特に入りたい企業もありません。僕はいったい何をしたいんだろうって。毎日そんなことを考えています。

伯父:そうか。就職なんてするもんじゃないよ。就職とはな、人間を作り替える行為なのじゃよ。

赤井:人間を作り替える?

伯父:そうじゃ。どんな企業であってもな、学生の個性や能力なんてものは何も見ていないんじゃよ。企業というものはな、文句を言わずに働き続ける駒が欲しいだけなのじゃ。だからまだ経験が浅く何も知らない、世の中に馴染んでいない新卒学生ばかりを採用するんじゃ。そしてその学生たちを、まったく新しい人間に作り替える。これがこの国の「新卒採用」というシステムなのじゃよ。

赤井:へぇ、そうなのですか。勉強になります。

伯父:だからな、私もそんな社会が嫌になって山奥の工場に引っ込んだんじゃ。そしてな、そこで私はパン人間を作っているんじゃよ。

赤井:パン人間?

伯父:そうじゃ。私の言う事だけを聞く、私の命令には絶対服従する。私だけのパン人間なのじゃ。しょせん私がやっていることはこの国の社会と同じことじゃよ。

赤井:ははは。冗談きついです。伯父さん。

伯父:はははは。


なんのために生まれ。なんのために生きるのか。ボクはまだ答えを出していない。だけどボクが生まれた意味は何かあるはずだ。まだ20歳。たとえ少子高齢化で経済的にこれ以上発展が見込めない社会であったとしても、ボクはボクらしく生きていく、それはそれでいいじゃないか。

 

明日は月曜日。また新たな企業の面接が始まる。

そこには凛凛と輝く赤井の瞳があった。